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大好きなハワイと手作りのことをメインに綴る、アラフォー女子の日記です。

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ルビーが虹の橋を渡った日の事。

やっとここを更新します。

2014年11月19日22時7分。
私の可愛いルビーが虹の橋を渡りました。

2か月と2週間たちました。

日常はふつうに元気に暮らしていますが、
寂しさは全然癒えません。。
きっと何年たっても思い出しては泣くんだろうなと思っています。

最後の日の事、忘れたいような忘れちゃいけないような。。

でも先日東京の友人が電話をくれて、ルビーの最後の様子を聞いてくれました。
ルビーを大好きだった友達は、やっぱり知りたいと思ってくれるんだなーと
なんとなくうれしかったです。

それでやっと更新する気になれました。

書くことで、自分を浄化?消化?
少しは出来るかも。。とも。。

ルビーの病状の事、全部書ききれてなくて、
これから更新しようと思ってた矢先だったので、
内容が突然すぎな感じを受けるかもしれませんが、ご了承ください。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


11月17日の夜に2度目の失神をしました。
すぐに意識は戻ったので、
病院に電話を入れ、様子を見ることにしました。
しかし、翌日(18日)のお昼頃から呼吸が荒くなってきました。
しかしこんな時に限って病院が定休日。。。
いろいろあって電話はつながったのですが担当の先生は不在。
でも他の先生もルビーの事は分かってくれていたので、相談して、更に様子を見ました。

一度は落ち着いたかと思われ、寝たのですが、
夜中に様子がおかしく目が覚めたのが、
19日に日付が変わってすぐの2時くらいでした。

………………………………………・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちょっと話がそれますが、
体重が減りだした6月以降は、体重が減らないようにご飯を増やしたりはしてましたが、
そのほかはいつも通りでした。
食欲もあるし、お散歩も大好き。
元気でした。
でも、実は心臓病で体重が減るのは良くない兆候なんですよね。。
でも本当に元気だったので、あまり深刻に考えてませんでした。

しかし、以前から1年に2回あるかないかの痙攣発作(軽度)がけっこう頻繁に起こるようになり、
とうとう10月22日に、初めての失神を起こしました。

そして17日の2度目の失神に至ります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝の5時に救急病院へ行き、酸素室で様子を見ましたが、回復が見られず、
かかり付けの病院が開くと同時に移動。

幸い、救急病院からかかり付けの病院へは近かかったんだけど、
酸素吸入が止められない状態。
でもつきそいがいないので、マスクを当てられない。

なので、大きなビニール袋に100%の酸素を風船のようにいっぱい入れてもらい
その中にバッグごとルビーを入れての搬送でした。

私が寝てない事を察した先生から、
「夕方まで様子みて電話するから、一度帰りなさい」と言われ帰宅。

夕方になっても回復は見られないようで、入院で様子みようと言われ
明日は朝一で病院に行こうと思いましたが、なんか落ち着かず。。
早く寝ないといけないのに、そわそわとしてました。

すると21時ちょっと前に、先生から入電。

「朝までもたないかもしれないから、来る?」と。

もちろん行くに決まってる。

最悪の事が頭をよぎり、母も連れてったほうがいいかなと、
電話するも、お母さんがどうしてもすぐに出れない状況。。

でも、どっちみち母を拾って行ってたら間に合わないかもしれない!
夜中とはいえ、高速に乗っても、50分はかかる。。
少しでも早く行ってあげないと!という気持ちになって、
お母さんには悪いけど、一人で病院へ向かいました。

とにかく事故らないようにとだけ考えながら運転してました。

救急病院にいた時は、呼吸が苦しくて横になれず、ウトウトしてはガクっと頭を落とすという繰り返しだったとはいえ、
まだ目はしっかりしていたルビー。

でも病院にかけつけた時に見たルビーは、
酸素室の中でぐったりと横になり、目はうつろ。
顔も上げられなくなっていました。

少し先生と話をして、
「抱っこする?」と言ってくれたので、
「大丈夫ならしたいです」というと、

「100%の酸素を鼻から直接入れてるから、酸素室から出すのはいいよ」と言ってくれたので抱っこしました。

12年間で一度も見たことのない苦しそうなルビーを見て、
どうしていいかわからなかったです。

私が抱っこしてる事は分かってるとは思うけど、それでも動けないなんて。。。
可愛そうという気持ちより、ショックの方が大きかった。。。

病院は夜には人が誰もいなくなってしまうので、
このまま誰もいない病院に置いていくのか。。。と不安に思いました。

酸素室から出すと持たない、、との事だったので、連れて帰る事は出来ません。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。。。と考えながら5分くらいたった時、
ルビーの呼吸が落ち着いたように感じました。

「あ!先生!なんか呼吸が落ち着いてきました!」
「これなら朝まで持つかも!」

でも、先生の表情は一瞬険しく。。。

それは状態が落ち着いたのではなく、
最後の時が来たという事を先生は分かってました。

すぐに聴診器をあてて、その事を私に教えてくれました。

「いやだ!!」という気持ちと
「もう楽になっていいよ!がんばったね!」という気持ちがごちゃまぜでした。

落ち着いた!と思った瞬間から最後の大きな2呼吸をするまではあっという間でした。
1分くらいだったかもしれません。

先生が「ルビーちゃんはお母さんを待ってたんですね」と言ってくれました。
本当にそうだと思いました。

そしてやっぱりルビーは私が来た事を分かってたんだなと思うと嬉しかったし、良かったと思いました。

ルビーはちょっとクールなとこがあるので、
待ってたりしてくれないんじゃないかと心のどっかで思ってましたが、
ルビーは私なんかよりずっと大人でしっかり者だった事を思い出しました。


病院ではあまり涙は出ませんでした。

一番にはホッとしたんだと思います。

1人だったし、号泣したら先生も困るだろうとも思ったのかもしれません。

でも、帰りの車の中で泣きました。

病院を出てすぐに母に電話したら、
妹と一緒に病院に向かってる途中でした。

妹がわざわざ母を拾って病院へ来ようとしてくれてました。

まだ温かいルビーと一緒に実家へ行き、家族みんなでお別れしました。

福岡で飼い始めたルビーは、4歳で東京へ行き、
7年後に、また福岡へ戻ってきました。

東京生活の方がすっかり長くなっていたルビーでしたが、
最後の1年半、大好きだった母(ルビーにとってはおばあちゃん)
とも沢山一緒にいれたし、最後のお別れまで出来たので、良かったなと思いました。
そして同時に母にとっても良い思い出が作れた1年半になって良かったと思いました。


そのあと、友人にも会ってもらい、お別れをしてもらいました。



最後の日の事はこれくらいで。。

また心が落ち着いてる時に、いろいろ、ぼちぼち書けたらなーと思ってます。




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